平八茶屋の仕出し弁当

和洋の花あしらい

彫金 ペンダント作り

指物 茶杓削り

京焼絵付体験

京うちわ 絵付

着物体験(着付け・撮影)

 

平八茶屋の仕出し弁当

安土桃山時代、若狭街道沿いで、街道茶屋として発祥した老舗料亭。美術家であり美食家でもある北大路魯山人が、足繁く通っていたことでも有名である。すりおろした丹波産つくね芋をだしでのばし、麦飯にかけた「麦飯とろろ汁」は、旅人の食を支えてきた名物料理。座敷からは約600坪の日本庭園を望むことができ、四季折々の風景が楽しめる。

21代目当主の園部晋吾は大学卒業後、大阪北浜にある"料亭 花外楼"での修行を経て家業を継ぎ、現在は経営者、料理人としてだけでなく、特定非営利活動法人日本料理アカデミー地域食育委員長、京都料理芽生会会長も務める。食育カリキュラム推進委員としても食育活動に従事。2007年 京都府青年優秀技能者奨励賞(明日の名工)を受賞。

日本海から届く『旬の幸』と、彩り豊かな『京野菜』を、伝承された“技”で仕上げる本格懐石は、先代の料理を受け継ぎ、現若主人が磨きをかけたもの。

中でも、平八茶屋の“麦飯とろろ汁”は、街道茶屋であった創業当初から初代平八によって出されていたものだと言われている。若狭街道(通称:鯖街道)を行き交う旅人は都より一里のこの茶屋で、しばしの休息後、“麦飯とろろ”をかき込んで、京をあとにしたとか。

江戸時代の旅行ガイドブック「拾遺都名所図会」の第3巻、山端(やまばな)の箇所には、“麦飯ちゃ屋”として記載があり、同じく江戸後期の「浪花講定宿帳」には、“いも汁や 平八”としてその名が記載されている。

平八茶屋の“とろろ汁”は、上質の丹波産つくね芋をやさしく丹念にすりおろし、北海道礼文島香深浜で採れる天然の利尻昆布と鹿児島県枕崎産の本枯れ節の鰹節を使った秘伝のだしでゆっくりとのばす。直径50㎝ほどもあるすり鉢で、のばす程にきめは細かく、より一層なめらかになり、粘りも出てくる。少し白味噌を入れることで、山芋特有の香りを抑え、まろやかな風味へと変わっていく。

洛北の漬物と言えば、大原の“柴漬け”。本来は“紫葉漬け”と書き、赤紫蘇の葉で漬けた漬物のことだが、大原の赤紫蘇は背も高く、畑に生えている姿が柴のように見えるところから、“柴漬け”という字が当てられることもあるとか。“しば漬”は、“すぐき”、“千枚漬け”に並ぶ京都の代表的な漬物で、もともとは夏野菜を保存するため塩と赤紫蘇で漬け込んで、乳酸発酵させたものだった。昔ながらの製法を守ったものを“生しば漬”と呼んでおり、平八茶屋の漬物はこの大原の“生しば漬”である。 “とろろ汁”は乳酸発酵させた漬物と相性がよく、 “とろろ”が“生しば漬”の持つ酸味や香りを和らげ、お互いがそれぞれの風味を引き立て合っている。

さらに平八茶屋の名物、〝ぐじの向付〟。細造りにした浜塩のぐじを、少し醤油勝ちの二杯酢で山葵とともにいただく。海深くに住んでいるぐじは、水っぽくてやわらかく、多少のクセもあるが、身に塩を振って一昼夜おくことで余計な水分が抜け、うま味は格段に増される。

和食だけにこだわらず、洋食や中華を食し、そこから得たものを今までの伝統に加え、四季の移ろいを感じ、素材の味を最大限引き立てる平八茶屋の料理。

400年の歴史を誇る京都を代表する料理旅館平八茶屋によるお弁当(3300円、5500円2種)を2つよりお届けいたします。

和洋の花あしらい

この頃には「立て花」と呼ばれ、名手が多く輩出し、また生け方や心構えを伝える伝書が書かれるようにもなりました。この「立て花」が、「立花」(りっか)となったとき、「華道」の基礎が確立したといわれます。「立花」は自然の姿を屋内で表現するもの、しかも自然を模倣するのではなく本質的な美しさを追求するものだという美意識を明確に自覚し、花材や花器、生け方に一定の格調ある形式を創り出したものでした。

その後、安土桃山時代になると、大城郭や御殿の大広間などの広い空間に適した巨大な花が生けられる一方、茶の流行とともに茶室のような質素なしつらえに合う、ただ投げ入れたような素朴な花も好まれるようになります。暮らしが落ち着き、庶民にもゆとりが生まれてくる江戸期には、いけばなはさらに広く行われるようになりました。自由な「槌入花」(なげいれか)や、一定の形式をもつ「生花」(せいか、しょうか)、また文人墨客が愛好した「文人花」など多様な花文化が形成されます。たんなる技芸にとどまらず、人としての修養を重んじるようになり、求道としての「華道」という呼ぴ名も生まれました。

明治維新を迎えて、他の伝統諸芸と同じように、いけばなもひとたびは衰微の危機を迎えますが、維新後20年を経て早くも女学校の教育に取り入れられ、息を吹き返します。大正、昭和期には、「盛花」という様式が創始されたり、自由な発想で生ける「自由花」が提唱されるなど、新たな花文化が意欲的に旺盛に展開されていきます。

現在、いけばなには多くの流派があります。流派によって、どんな生け方をするのか、重視する点もさまざまです。花の姿を活かして生けるために、花や葉、枝を切り、曲げたりしごいたり、美しい形に整える作業が必要になるのは、どの流派でも同じです。花を手に取り、花と向き合い、器に生けこむことを通して、自然を想う力をいけばなは育てます。

その一方、フラワーアレンジメントの歴史は紀元前2000~3000年前に始まったといわれています。ヨーロッパやエジプト、ギリシアなどが発祥地として名前が挙がることが多くあり、最初は宗教やお祝い事に使われていましたが徐々に装飾品へと用途が変わっていきました。今と同じように花瓶に入れて飾る他に、床に散りばめる飾り方もあったようです。 料理などにも使われるようになるなどさまざまな場面でお花が使われるようになり、髪飾りに活用されるようになるほどまでに流行しました。 日本では、平安時代~鎌倉時代にお花を鑑賞する娯楽が行われており、そこから生け花に発展したといわれています。

フラワーアレンジメントと生け花の違いを一言で表すのは難しいですが、根本的な違いは発祥地です。フラワーアレンジメントは西洋で生まれていて、生け花は日本で生まれ、フラワーアレンジメントは隙間がないほどぎっしりとお花が詰められていている一方、生け花は空間を特に大事にしていて、ただお花をさしていけば良いという訳ではありません。 こういったことから、フラワーアレンジメントは「足し算」、生け花は「引き算」ともいわれます。

カラフルな生花やみずみずしいグリーンを美しく形づくり、思いのままに表現するフラワーアレンジメント。Japan Floral Planning代表・フジテレビフラワーネットデザイナー、2016 Japan Florist of the Year優勝者竹内美稀が教える和洋の花のしつらえは、京都らしいフラワーアレンジメントの体験です。風情漂う町屋の施設で、京都の思い出になるフラワーアレンジメントに挑戦してみませんか?作品は宅配でご自宅へ配送も可能です。

2時間 1名様¥7,700(材料、道具込・配送料別途実費)

彫金 ペンダント作り

彫金とは、金属工芸(金工“きんこう”)の中の鋳金(ちゅうきん)・鍛金(たんきん)・彫金(ちょうきん)という3つの技法の中の一つで、アクセサリーやジュエリーなどを作る技法全般を指す言葉としても使われているが、もともとの意味は「タガネ」と呼ばれる鋼でできた専用の工具をつかって、金属の表面に彫刻を施していく技法のことを指します。

「タガネ」で刻まれた彫刻は繊細で、筆で書いたような質感を金属の表面に表現することができ、古くから仏壇などの仏具に施されたり、銅でつくられた花瓶などの表面にも彫金が多用されています。

寛政年代から200年余り京都の地で、金銀銅、他、様々な金属素材で、お茶道具から香道具、装飾品、金物などなど、錺(かざり)職を続けてきた竹影堂は、代々技術を継承し、現7代目竹影堂 榮真が、繊細で温かみのある作品を作っています。

竹影堂の家歴を遡ると、「竹影堂榮真」の号を使い始めたのは四代 竹次郎。金、銀、銅、赤銅、四分一を配したる床飾り床置物等、 緻密精巧なる美術工藝品を製作し、国内のみならず、フランス、ドイツ等各国に発表し絶賛を得ました。故有栖川宮殿下より「竹影堂榮真」の号を賜りもって、京都金工界に大いなる業績を残しました。

7代目竹影堂 榮真が京錺(株)竹影堂、設立にあたり、三世榮真の命により竹影堂佳永の称号を得る。京都伝統工芸大学校総合工芸コース金属工芸科講師に就任し、京都府伝統産業優秀技能者に表彰されるほか、NHKテレビ 国宝探訪 山里が守った神輿~沃懸地螺鈿金銅装神輿に出演、神輿金具の華鬘の検証及び復元製作過程を紹介し、京錺の魅力的な仕事を伝えている。

現7代目竹影堂榮真 略歴

1958年 京都に生まれる

1973年 15才 父榮真〔えいしん〕の工房に入り指導を受ける

1991年 33才 大徳寺玉林院に於て竹影堂展

1992年 34才 芸術文化交流の会にて高円宮憲仁殿下、久子妃殿下の御高覧を得る

1997年 39才 京都高岛屋にて個展

2002年 44才 NHK《国宝探訪》の取材を受ける

2003年 45才 京都凌霄に於て、個展『茶の湯金工展』を開く

2004年 46才 東京 京王百貨店 に於て個展を開く

2007年 49才 京都伝統工芸大学校総合工芸コース金属工芸科講師に就任。

2009年 51才 4世 竹影堂榮眞を襲名する

2010年 52才  東京と京都に於て襲名展を開く

2014年 56才  京都・野村美術館に於いて、『竹影堂 榮眞 金工(錺り)の世界』

2018年 60才  京都高岛屋,野村美术馆に於いて、還暦展を開く

現7代目竹影堂榮真が率いる、竹影堂職人がシルバーペンダントトップの作り方を教えます。

2時間 1名様¥7,700(材料、道具込)

指物 茶杓削り

京指物は、京都府で作られている木工芸のひとつで、桐製品を代表とする様々な調度指物や、茶道指物、挽物などがあります。

指物とは、木と木を組み合わせて作られた家具や調度品などの総称で、多数の技法を駆使することにより500種類以上の製品を作ることができると言われています。

京指物の特徴は、京都らしい上品なデザインです。平安期が起源とされる京指物は、当時の宮廷文化のなかで高い品格が求められたことから、優雅な趣を今に伝えています。加えて、簡素な美しさを追求した茶道文化や江戸時代の町人文化にも育まれたことで、多彩な表情を持っています。

また、古くから今日まで継承された豊富な技術も特徴のひとつです。優れた職人が渡来や古来の技術を保ちつつも、各時代に沿った技法を開発してきたことにより、その伝統的な技術が作品のなかに息づいています。

京指物の始まりは平安期とされています。豊富な木材資源を持つ日本では、それ以前にも日本特有の木工芸が発達していました。中国や朝鮮から石・金属の文化が渡来したことにより、その器物などを模倣しつつ木を素材とした独自の工芸品が生まれます。

大工職の手によって平安時代に作られていたのは、宮廷の儀礼用の物差しなどです。室町時代に入ると、武家社会を背景に箪笥や棚、机などの調度品が増えたことから専門の指物師が生まれます。

安土桃山時代には、茶の湯の普及にともなって書院造りや座敷、茶華道具などの一部にも使われるようになり、京指物の需要が高まりました。江戸時代からは、武家用・商人用・江戸歌舞伎役者用など幅広いものが作られるようになり、独自の技術がさらに発展していきます。

現在に至っては、シャンパンクーラーや和風照明など時代に合ったものも多く作られ、モダンながらも木の温もりが伝わる製品が愛され続けています。

伝統工芸士指物師川本光春氏は、1938年に祖父である川本光春(初代光春)が茶道指物師として創業し、初代光春に師事し2006年に三代川本光春を襲名、現在に至ります。 京都の大原に工房を構え、京都御所前にて川本光春作品ギャラリーを営んでいます。 近年は銘木の他に地元所縁の神社や寺院の庭にあった材木や修復時に出てくる古材などを素材にして由緒を付けて作品作りをしています。

古都の歴史や文化に培われた意匠と、木材の美しさを引き立たせる豊富な技術を誇る京指物。伝統工芸士指物師川本光春氏の指導で、茶杓を削りませんか?材木は、6種類からお選びいただけます。

2時間 1名様¥10,000(材料、道具込)

京焼絵付体験

清水焼は、京都を代表する伝統工芸品のひとつで、もともと清水寺に向かう清水坂界隈の窯元で焼かれていた焼き物を指してそう言っていたのが始まりです。現在では、京都市東山区・山科区の清水焼団地・宇治市の炭山などで生産されているものをまとめて「清水焼」と呼んでおり、ほぼ「京焼=清水焼」という形になっています。

京都は古い昔より日本の中心地として全国の焼き物が流入する巨大な市場でした。桃山時代に入ると茶の湯の流行とともに京都市内でも楽焼や様々な茶道具、うつわを作るようになり、茶人や宮家・公家、各地の大名や寺へ献上されるようになりました。そして江戸時代には野々村仁清や尾形乾山、奥田頴川、青木木米といった数々の名工が現れ、京焼・清水焼の地位を不動のものとして今日まで至っています。また、その技術、デザインは京都だけにとどまらず、九谷など日本各地に広がっていきました。

京焼・清水焼の特徴は一言では言えないほど多種多様で、作り手の数だけ種類があります。技法にしても備前焼・有田焼などのように決まった技法があるわけではありません。手びねり、轆轤、流し込みなどの成形技法と、染付・色絵・銹絵・交趾などの装飾技法を組み合わせてそれぞれの作り手が特徴的なオリジナル作品を世に生み出し続けています。

水無月窯 藤谷芳哉先生は、1948年京都に生まれ、1968年に京都府陶工職業訓練校を修了後、京都衣笠の地に独立開窯され、初代 宮川 香雲氏に師事し薫陶を受けられました。以来精緻で雅やかな仁清写しと、自由で瀟洒な乾山写しの色絵にこだわり、京焼らしい作品づくりに取り組まれています。

素焼の上に、呉須、鉄の2色で絵又は書を描く体験を、焼き物一筋50年、水無月窯藤谷芳哉氏が教えます。絵心のないひとでも、釉薬窯が助けてくれます。焼成に約1か月。

2時間 1名様¥7,700(材料、道具込)

京うちわ 絵付

京うちわは、京都府で作られているうちわです。日本のうちわは形や特徴から、中国団扇系、朝鮮団扇系、南方団扇系に大別されますが、京うちわは地紙の内側に多くの竹骨を持った朝鮮団扇の流れを汲んだものになります。

京うちわの特徴は、竹の細骨を放射状に1本ずつ並べて団扇面を作り、孟宗竹(もうそうちく)・漆塗り・杉染めなどで別に作った柄を後から付けた「挿し柄」構造であることです。地紙の中の竹骨は50本~100本あり、竹骨の数が多いものほど高級とされています。なかでも竹骨が100本ある「100立て」と呼ばれる京うちわは、装飾用として好まれています。

また、京うちわは「都うちわ」や「御所うちわ」とも呼ばれており、漆や金などの豪華な装飾や優美な絵などが施されています。京うちわの団扇面はまるで日本画のように完成度が高いため、古くから美術工芸品としても高い評価を得てきました。デザインは俳句や和歌、人物、風景、植物、季節の風物詩などをモチーフにしたものが多く見られ、古来からの日本の美しさが描かれています。

代表的な製造元として挙げられる、阿以波。その歴史は、世は泰平を謳歌し人は華麗絢爛にはしった元禄二年、初代長兵衛(近江屋長兵衛)が近江国高島の“あいば”より京に出て店を開いた時に始まります。

以来三百年の永きに亘り、業界の長老として、禁裏御用を中心として製作に励み、明治以後は新しい発想で様々なうちわを世に送り業界を牽引してきました。

その名は、七代目長兵衛の頃、大徳寺管長松雲老師の命名で江月堂「阿以波」を名乗り、静と動の禅語「江月照し、松風吹く」に由来します。

元禄二年創業・京うちわ阿以波の職人が教える、京うちわの歴史、使い方、絵付けなどの体験。作ったオリジナルのうちわはお持ち帰りいただけます。

2時間 1名様¥5,500(材料、道具込)

着物体験(着付け・撮影)

友禅とは染めの着物に模様をつけるための代表的な技法です。京友禅は日本三大友禅の中でも最も歴史が古く、豪華絢爛な染めの技法として世界に名を馳せています。

華やかな文様を手描きして染め表す京友禅が京都に広がったのは17世紀後半、江戸時代に入ってからです。当時、扇絵師として京都で活躍していた宮崎友禅斎が描いた斬新な絵柄を着物に染めたことに始まると言われています。

手描き友禅は模様の一つ一つに刷毛や筆で色を付けていくのが大きな特徴です。伸子張りをした生地の上に下絵を描き、その下絵の上に糸目糊を使って模様の輪郭を書いていきます。この糸目置きをすることにより、何色もの鮮やかな色の使い分けが可能になり、色挿しに使用される染料の数は約20色あり、これらを調合することによって何十種類もの色を更に作り出して行きます。

その染料を使い、最初は白、続いて淡い色からだんだんと濃い色へと色を挿していくのが、京友禅の美しさの一つでもあるきれいなグラデーションを作る作業です。最終段階では不要な染料を落すため水洗いをし、これが「友禅流し」と呼ばれている作業です。かつては京都市内の川で行われていました。

仕上げまで約15~20程度の工程があり、多色使いで非常に色鮮やか。また模様の中心が濃く、外に向かって淡くぼかしていくという技法が特徴的で、そのグラデーションにより、より優美で華やかな印象になります。

豪華な図案柄や模様柄が多く、京都らしい優雅な着物姿で、最高の京都旅行の思い出を作っていただけるプログラムです。

・料金 ¥50,000円~(詳細はお問合せください)